イノベーションを行う動機

 イノベーションを行う人とは、どんな人なのか?齋藤孝著「三色ボールペンで読む日本語」のなかでテキストとして使用しているフランチェスコ・アルベローニ著「混乱を受け入れる人」の抜粋を紐解き、具体的なイメージを膨らませて理解したい。

 以前、イノベーションを実行するには大胆な仮説と仮説検証が必要であることを述べた。最初の仮説はヒラメキや思い付きのようなアイデアで構わない。仮説検証では、仮説の根拠となるキーラインを証明するためのデータが収集される。キーラインが、集められたデータから誤りであることが判明すれば仮説やキーラインを変更することになる。仮説やキーラインを変えながら根拠となるデータを補強していく。イシューの解となる仮説は、キーラインや根拠となるデータへと論理展開されロジカルツリーと呼ばれるフレームワークで表現される。ピラミッドストラクチャとも呼ぶ。特に根拠となる2次元の図をつくる分析プロセスでは、物事を順序立てて考える論理的な思考力や複雑な現象から重要なエッセンスを抜き出し、フレームワークやグラフなどの二次元の図に置き換える「地図思考」や「数値化仕事術」が求められる。つまり、仮説検証を行うには、基礎的な学習スキル(系統的能力)が求められる。また根拠となるデータ(分析プロセスで作られた2次元の図)から「洞察」を得ることもある。「洞察」とは、「統合された知識から出て来る新たな意味」(「思考」プロセスのアウトプット)である。「洞察」は、根拠となるデータを前提としてロジカルツリーに組み込まれ、新たな結論(キーラインも含む)を支持する。

 「混乱を受け入れる人」では、幼少期からの人の成長を観察することを通じて、クリエイティブな人(創造的な人物)の精神について考察している。またクリエイティブな人(創造的な人物)の資質にとして、学習スキル(系統的能力)も必要であることを主張している。イノベーションを起こそうとしている人にとって、これらの考察はイノベーションを行う上での指針になると同時に、イノベーションを実行しようとする自らの内なる動機に気づかされるのではないかと思う。

 子供のなかには、「すべてにおいて好結果をあげる。学校が求めるものによく応え、順応的である。」学習能力(系統的能力)が高い子供がいる。一方で「自身のなかに不安の要素を抱えている。何をしても、多すぎたり少なすぎたりする。少年であれば、内部に自分のリズムをもっているために、教師のリズムに完全にしたがうということができない。彼には、不可解なあれこれの遅れがあるかと思うと、その後、周囲を驚かすほど加速したりする。」クリエイティブな資質をもつ子供もいる。

 ここで著者は、学習能力とクリエイティブな資質は対立したものではなくクリエイティブな才能を開花させるためには学習能力(系統的能力)の向上が必要であると主張している。

 「しかしながら、創造性も、はじめは、同調し、信じ、真剣に対応しなければならない。真に創造的な人物は、まずほとんどつねに、懐疑的であったり、むやみに批判的であったり、独断的あったりということがない。注意深く、こだわりがなく、文字どおりに無邪気である。」

 さらに、クリエイティブな人(創造的な人物)は、「自分自身のなかに混乱、無秩序を受け入れなければならない。」とも述べている。保守的な人(秩序だった人物)やクリエイティブの意味を勘違いしている人(偽創造者)にはこれができないのだから、現在のような混沌とした日本社会の現状をポジティブに捉えることができるとすれば、そのこと自体がクリエイティブな才能なのかもしれない。そして、クリエイティブな人(創造的な人物)の精神は物事の本質を見抜いたとき、イノベーションの実現へと向かうのである。

 次の二つの文章は、クリエイティブな人(創造的な人物)の精神を的確に表現している。

 「しかし、やがて、自分の内部に不協和音、矛盾があることに気づく。何か不可解だという印象をもち、疑念を抱く。ここで彼は論証を試み、再考し、他の可能性に思いを向けたりする。この段階では、彼は思い惑っていて、無気力で、鈍感にさえ見える。が、やがて突然のように解決策を見出す。」

 「創造性は、リスクと背中合わせであるから、勇気をも必要とする。リスクは現実の危険を意味する。誤りをおかす危険、あるいは方策を見出させない危険。結果がまったく不確かであり、不首尾に終わるかもしれないということでもある。創造的な企業家は本気でその運命を賭することもあえてする。そのためには、たえず生じる無数の困難や障害を克服するために全力で格闘する。自分の精神的・知的能力のすべてを投入する。」

 クリエイティブな人(創造的な人物)の精神を端的に表現している一文がある。以前、イノベーションを行うリーダー像としてフラットな発想ができることを挙げたが、フラットな発想はクリエイティブな人(創造的な人物)の精神から生まれるものなのかもしれない。

 「創造性の鍵となるのは、秩序・規律を強く求める心と、無秩序・混乱に立ちむかって制御し、より高度の秩序・規律を生みだす能力との共存である。」