システムと器のはなし

 ずいぶん昔であるが、本部と契約してクレープとコーヒーの移動販売をしていた時期があった。接客の経験も皆無で、料理が得意な訳でもない。始めたきっかけは単なる気まぐれだった。移動販売は考えていたよりはるかに重労働だった。それでも、2年近く続けた。辞めた理由は風評被害でクレープが売れなくなったからとも言えるし、限界が見えたからとも言える。なんとなくはじめて勝手に辞めただけなのだが、辞める時はつらかった。

 マイケル・E・ガーバー著 はじめの一歩を踏み出そうを読む。

 事業を立ち上げようとする人は、起業家、マネージャー、職人の三重人格者であると言う。しかし、この3つの人格を同時進行で伸ばすことができず、偏った人格のままでいる自営業者が多い事を指摘している。

 事業の準備をする前にまず真剣に考えた方がいい事は、「使命」である。飲食業をはじめるのであれば、料理が他の人より明らかに得意で自分が作った料理をだれもが絶賛するなど、はっきりとした理由がほしいところだ。資本があるところの真似をするような感覚ではたぶん失敗する。最近流行りの料理研究家と比較してみるとわかりやすいかもしれない。事業を立ち上げることは、ほとんどの場合、過酷になるだろうし、いい加減であればあるほど、そもそもなんでこの事業を始めたのか?悔やむことになるだろう。

 また「元手がなくても早く事業を始めるべきだ」という考えは、この使命が明確である場合のことを言っているのだろう。元手があってもなくても事業は思い通りに進む事はないので、覚悟を決めて物事をなるべく早く進めて行くべきだという事である。しかし、起業してからあいまいな動機(使命)だったと気づいた場合、方向性を見失って改善策もわからず、お金もないので早い段階で廃業することになるとつまらないと思う。

 金持ち父さんでも、「使命」の重要性を指摘している。ビジネスを立ち上げる際のガイドラインとして、BーIトライアングルが出てくる。B-Iトライアングルは、三角形のフレームワークで、使命、チーム、リーダーシップ、コミュニケーション、キャッシュフロー、システム、法律、製品などの項目が並ぶ。 

引用: ロバート・キヨサキ、シャロン・レクター著 金持ち父さんの投資ガイド上級編 

 続けて、事業の試作モデル、事業発展プログラムについて紹介されている。経営者の想いを事業計画書に落とし込んでいくためのフレームワークである。マイケル・E・ガーバー認定ファシリテーターの堀越吉太郎氏の著書「社長が会社にいなくても回るガーバー流「仕組み」経営」では、「仕組み」経営として紹介されている。

 金持ち父さんのB-Iトライアングルも、事業発展プログラムも、やり方は違っても、フレームワークを使って、事業を始める前に、緻密な検討を行い、「仕組み」経営と呼べる会社組織を作っている点では共通している。

 ジャパネットたかた創業者 高田明著 伝えることから始めようを読む 

 ジャパネットたかたの社長を勇退する頃に書かれた本である。本では、ラジオでの通販、テレビでの通販、そして全国規模に拡大していく中で、「仕組み」経営と呼べる会社組織が出来上がる様が描かれている。また、テレビショッピングでのノウハウもオープンに語られている。

 私が注目したいのは、この社長が、通販に想像以上のスケールメリットがあることがわかった時に、「仕組み」経営と呼べるような会社組織を作る事と並行して、一般にお客になりにくいおじいちゃんおばあちゃんにも丁寧にわかりやすい商品説明をしたり、金利・手数料をジャパネット側で負担する試みをして客層を広げている点である。

 モノを売る仕事は、今日売れても明日売れる保証はどこにもない。自らが広告塔であるので、悪評が立てば善良さを売りにしたビジネスモデルは成り立たなくなる。そして、同業他社との競争である。すべてが、そんな中での創意工夫だったのかもしれない。しかし、私は、この本を読んで、この社長に、システムを作る商才と器の大きさを感じたのである。